アドニスたちの庭にて

    “春も間近い 甘い風”

 
 お屠蘇気分が抜ける頃合いを脱し、冬の寒さが本番だの、インフルエンザが猛威を奮っているだのという定番な話題で世間が賑やかになると、お正月どころじゃなかった受験生たちには いよいよの季節が到来となる。

 「早いところの、例えば推薦入学だと秋には内定が降りるんだろうけど。」
 「普通の受験だと、センター試験組はこれから二次試験ですものね。」

 そして、白騎士学園の大学部はセンター試験を適応させちゃあない学校なので、秋口あたりから…外部から受験する顔触れだろう、他校の制服姿な生徒が入場証のパスを首から提げ、職員に案内されている姿も時折見かけるようになる。公的な警護を必要とするような“要人”クラスの家庭の子息が、在校生の中に何人かいる関係で、今流行りの“オープン・キャンパス”なんてもの、そうそう構えられはしないらしい。

 「大学部はそれこそ推薦入学のクチばっかじゃないの?」

 外気温との差から見る見る曇った窓ガラスを指先で拭って、丁度そんな顔触れが歩んでおいでの、正玄関の車寄せ前を眺めておいでの桜庭さんがこぼした呟きへ、

 「そんなことはありません。
  他所の優秀な学校からの一般受験生として、
  ウチの教授たちの噂を聞いたって方々も多数お越しになります。」

 高見さんが穏やかなお声で応じている。学年が上がるほどに持ち上がりが大半となる学校ではあるが、それでも高等部からとか大学部からという外部入学者もいなくはない。施設の充実ぶりや、大学院では各研究室に在籍する教授陣営の豊かさに惹かれてやって来る、指向のはっきりした顔触れが訪のうことでも秘かに有名で、

 「そうそう。何の研究にたずさわってんだか、
  数年ほど安否確認が取れない研究室もあるってくらいだしぃ〜〜。」
 「そ、そんな怖いお話は、やめてくださいよう〜〜〜。//////

 高等部時代に彼らがよく顔を合わせていた、生徒会幹部らの館“緑陰館”じゃあないけれど、高見さんがゼミで懇意になってる某教授の控室を一つ、自由に使ってもいいよと言われているとかで。そこがいつの間にやら彼らの集まる場と化している、第○○期 白騎士学園高等部生徒会役員OBの皆様方だったりし。高い天井に引き上げ式のフランス窓、古びたご本が居並ぶ書架や、窓辺のオイルヒーターに年代ものの書き物机。そういったシックな調度に囲まれた、陽光あふるるお部屋には、先の春に一年遅れて上がって来たところの瀬那くんも、お兄様である進さんを始めとする、皆様からずっと可愛がっていただいてた延長、好きに使っていいからと合鍵まで渡されている高待遇を受けているため。講義もなく、いつも連れ立ってるお友達とも別々な過ごし方となる時間帯などは、ひょこりとお顔を見せていたりもする訳で。今日も今日とて、大学部への受験というお話から、妙な外れ方をした脱線ぶりへ、にゃあにゃあと小さな肩をすくめて怖がった彼へと皆様が苦笑をし、

 「得体が知れないって意味合いじゃあないから安心しなさいな。」

 わざとにそんな言いようをした桜庭さんの後を引き取り、高見さんがくつくつと微笑う。そもそも研究室というのは、何も いかにも物の役に立ちそうな代物ばかりを扱っているところばかりじゃあない。そんな研究や実験が一体何の役に立つのだろと思うような、無意味に見える行動や動作の実験とか、そんなものを数えてどうするのというような資料集めに精を出してる独創的なところだって珍しくはなく。今は意味がなく見えても、先々でやはり独創的な発見や思いつきをした科学者には十分お役に立ったりするのだ、これがまた。ニュートンが引力や重力という定義をひらめいたのだって、リンゴが落ちたのを見、次に頭上に輝く月を見て、何で月は落ちて来ないのだろうかと、
「世間じゃあ“そういうもの”ってされて久しいことへ、大の大人が疑問を持ったのが始まりだって言うしね。」
「はあ…。」
 好奇心とか発想の柔軟性が大事なんだというお話になるかと思いきや、

 「万物には引かれ合う力があるってのは そんな昔からの定義なんだもの、
  妖一の側だって僕に惹かれて来ていいはずなんだのにっ。」
 「………はい?」

 綺麗な拳を握り締めての力説だったが…あれあれ? 何だか具体的なお名前が出て来たような…。ミントンのティーセットに淹れて差し上げたアールグレイを運びつつ、キョトンと小首を傾げたセナの様子へこそ、仄かに苦笑をして見せて、

 「スーパーボウルを観戦にと、アメリカへ行かれてるだけでしょうが。」
 「何であのお兄さんからのご招待には、
  一も二もなく、どんな先約も振り切ってっちゃうかな、妖一はっ!」

 高見さんが宥めるように持ち出した名詞でやっと、セナにもお話が見通せた。この、日本を代表する大コンツェルンの宗家の跡取り桜庭春人さんが、そりゃあそりゃあ気に入りで傾倒し切っている青年が、先日来から、本場アメリカで催されているアメフトの頂上決戦を観覧するためにとお出掛け中であるらしく。しかも、メールやお電話にことごとく無反応なままなのだとか。どれほどのこと、自分も飛んで行きたいのだろにとの想像はつくが、高校生時代ならいざ知らず、そろそろ色々と責任ある立場に顔を出しもするようになっている現状では、そういった無茶にもリミッターがついて回る桜庭さんなのだそうで。

 「そろそろお戻りなんじゃあありませんか?
  蛭魔くんにしたって、後期試験をすっぽかす訳にもいかないでしょうし。」
 「〜〜〜〜〜。」

 どうどうと見事に宥めてしまわれる高見さんの手際も相変わらずならば、

 「???」

 一体何へと唐突に沸騰したお仲間なのかが、今一つ判っておいでじゃあないらしく、ただ…くすすと微笑ったセナだったのへ、おや楽しいやり取りがあったのかい?と。自分の前へと出されたカップに添えられていた弟くんの小さな手、テーブルの上でとんとんと、人差し指にてこっそりつついて下さるお兄様と。それから、

 「あ…えと、あの、その〜〜〜。////////

 ど、どういえばいいんでしょうかと、真っ赤になってしまったセナくんも、相変わらずには違いなかったのだけれど……。





     ◇◇◇



 社会人の皆様には決算だ届け出だ、異動に配置転換だといった、最終年度末のあれこれが吹き荒れる大変なシーズンでもあろうが。それは学生にも同じこと。俗に“中だるみの”なんて言われるような、受験には関係のない年の身であれ、それならそれで、進学にかかわる単位の集計がなされる頃合いであり。補習や提出物で何とか出来ることならばという、心づくしの補填をして下さる親切な先生や教授に当たればいいけれど。出席と提出物と定期考査の点数しか参考になさらぬ先生ならば、ともすりゃあ既に留年が決まってしまっている顔触れが出るのもこの季節。

 「……あ。」

 それぞれの御用が済んだら一緒に帰ろうと、学舎前で待ち合わせたお友達の姿が目に入ったものの。あれれぇ? 想定外のお連れさんたちもいるような。緩いスロープがそのまま正面玄関のエントランスへ連なっているロータリー前。他にも四時限までの講義を終えて帰ろうという学生らでごった返す空間に、一際目立った長身が二人ほど立っており。そんな彼らとは実に対照的、そちらさんこそがセナの待ち合わせのお相手、雷門太郎くんと、演劇サークルの看板、甲斐谷陸くんたちのすぐ傍らにいるということは、彼らの連れだということか?

 「セナ。」
 「こっちだ。」

 向こうさんからも見つけてもらえて、それを限(キリ)に“それじゃあ”と、背丈がやたらとあった二人の方が、手を挙げたり目礼したり、会釈を残して立ち去ってゆくようなので、

 「…やっぱりお知り合いなの?」
 「やっぱりってのは何だ。」
 「だって…。」

 開口一番に主語も何もすっ飛ばした訊きようをしたセナもセナだが、モン太くんにせよ陸くんにせよ、それで通じているらしいのだから世話はなく。

 「今のって、大和くんと本庄くんでしょ?」

 確か自分たちの1学年下という後輩さんたちで、まだ高等部の生徒なはず。殊更ちみっ子なこっちもこっちだが、それと比較しなくとも ずば抜けて長身なことでも有名な人たちで、かてて加えて、英語での弁論大会ではあの高見さんと一、二を競い合ってた秀才と、スポーツ万能の寡黙な天才として、全国区でも注目を浴びてた人たちだもの、知らないはずがないじゃないかと続けかかったセナだったけれど、

  「大学部への持ち上がりの進級試験の結果が出たらしくてな。」
  「つか、あの二人が、俺らの“弟”だったってことは知らんだろ。」

  「…………はい?」







   ……………………………………………しばらくお待ちくだ


  「ええええええっっ?!」


 ちょっと待って下さいな、陸くんは中等部からの、モン太くんは高等部からの外部入学組でしたよね? いやいや、だからって“弟”を持っちゃいかんという決まりはありませんが。でもだけど、あんたたちはそれそれに野球と演劇という、熱中するものがあった人たちだし、高等部に在学中にそんな素振りやエピソードなんて一つも……、

 「三年の頃のあれこれの記載はほとんど無かったじゃんか。」
 「そうそう。その間のことだったから。」
 「〜〜〜〜〜。」

 こらこらこら、サイトの更新レベルの話を持ち出すんじゃない。(まったくだ・笑)この学園の高等部に限っての、公式ではないが歴史あるしきたりの一つ。何とも覚束ない様子の下級生へ手を差し伸べて、学内ではこの私が“兄”となってあなたを導き守りましょうとの名乗りを上げる。双方の同意の上での誓約をし、仮の兄弟という間柄になる…という、言わば契りを結ぶよな習慣があって。束縛や屈服を強いるような強制力などはないけれど、自分が恥ずかしい真似をしたならばお兄様まで恥をかく、弟までもが笑われてしまうという格好で、それぞれの素行へもいい影響が出ようというもの。増してや…例えば高名な兄がいる立場となったなら、例えばそりゃあ愛らしい弟を持った立場となったなら、それなりに注目も集まるし、お互いの気心にも尚増しての引き締まるものが加わろうからと。奇妙な習わしではあるけれど、教師の皆様も黙認したまま、ずっとずっと続いており。かくいうセナだって、今も仲よくしていただいている剣道部の通年全国チャンプ、進清十郎さんが、高等部時代のお兄様だったりするのだが、

 「あんな目立つ二人が、えと…あの。//////

 どちらも180だの190だのという長身で、特にどれか一つへだけと特化されてはない、鍛え抜かれた肢体は引き締まっていての見栄えよく。しかもしかも端正な風貌に、あんまり剽げはしない落ち着いた性格なのがまた、大人びた容姿によく映えていての印象的で。そんな外見だけだって、そりゃあ人目を引く二人な上に。帰国子女だとかいう大和くんは、どんなスポーツもインターハイへの代表クラスでこなせ、英語もぺらぺら、他の学科も首席クラスという秀才だし。片やの本庄くんは、父上がプロの野球選手だとかで、小さいころから英才教育を受けて来たそのうえ、本人の素養も飛び抜けていたらしく。リトルリーグ時代からこっち、その前に立ちはだかる存在は一瞬で消え失せたほどの、やはり天才級のスポーツ巧者として、それぞれの世界では知らぬ者はない有名人だってのに……。

 「何でまた、地味ぃな俺らと親しいのかってか?」
 「いやそこまでは…。」

 陸くんから責めるような態度にて詰め寄られてしまい、言ってませんてば…とモゴモゴ言い訳するセナだったのへ。モン太くんの方がとうとう堪らなくなったのか、先に吹き出してしまったのが何とも判りやすいった。そんなモン太くん曰く、

 「ああ見えて、義理堅いってのか礼儀の行き届いた連中だってだけの話だよ。」
 「???」

 あの二人も実は、高等部への外部入学組であり。中学生時代で既に、同世代の主立った顔触れとはレベルが掛け離れていた身を持て余していたところが、

 「チビの俺らが、こつこつと何にか打ち込んでるのが新鮮に見えたんだと。」
 「あ、俺は違うからな。」
 「そうそう。演劇部の公演の後で、楽屋まで押しかけて来た大和に求婚されかけ…。」
 「うっせぇなっっ!!/////////

 楽しそうなエピソードやねぇ…。
(苦笑)

 「で、でも、いくらボクがうっかりしてたって、
  ああまで目に入る人たちが一緒にいれば見落としゃしないもの。」

 しかも、陸くんは桜庭の後を引き継いで生徒会を任された身だったから尚のこと、最終学年だった三年生の頃といや、一緒にいる時間も多かったのに。いくらのほほんとしてたって、そこまで見落とすほど抜けてなんかないとでも言いたいか。そっちの方向から詰め寄れば、

 「そこはそれ、向こうだって俺らだって悪目立ちはしたくなかったから。」
 「そうそう。」

 それでなくたって、既に十分しっかりしている彼らだったので。白騎士学園なればこそっていうような、何か判らないことにかち合ったら訊きに来いってだけの間柄だったようなもの。そうそういつも傍らにいてフォローし合ってた訳じゃあないものと、二人揃ってあっけらかんとしたもんで。

 「まああれだ。
  他のややこしいのに言い寄られたかないからっていう、
  面倒除けのまじない代わりってのか。」
 「そぉかぁ? 鷹の方は結構入れ込んでなかったか?
  大した用じゃなくたって、モン太が呼べばすぐにも駆けつけてたじゃあないか。」
 「それ、お前のほうがだったろが。
  学外の劇場での公演には、必ず奴がエスコートしてたって聞いてるぞ?」
 「それは、あいつが勝手にやってたことで…。///////

 仲良くケンカしてるお二人には、あああ、あんたたちまで遠くなってと言いたげに、すっかり傍観者にされてしまったセナだったものの、

 「大体、大きくて目立つって言ったらば、
  お前こそ、大きい弟が二人もいただろうがよ。」
 「………はい?」

 いきなり、それも突拍子もない話を振られたものだから。びしぃっと指差されたのへ、目に見えぬ力で押されるようにして背後へのけ反ったものの、

 「大きい二人? …………あっ。」

 えとうっとと、頑張って思い出せたのは。二年生に上がったばかりの青葉祭までの間のお話。中等部時代に1年間だけ仲よくしていた水町くんという後輩さんが、突然、実家のあるアメリカから戻って来たよと現れたもんだから、懐かしさも手伝って、懐かれるままになってた時期がそういやあったような…。って、

 「二人って、筧くんは違うし。
  第一、あの二人とも“弟”じゃないもんっ。//////

 彼らなりの事情があって、短い間だけの滞在ってのをしていただけだし。しかもしかも、筧くんの側とは初対面もいいところ。相変わらずに幼い言動の多かりし水町くんを、フォローするために一緒にいたとしか思えない。だって言うのにと、あわわと慌てて思いがけない勘違いへの言い訳をしたセナへ。だが、陸はなかなかに容赦がない様子であり。

 「そんな事情なんて周りは知らねぇからな。」

 お前こそ何で気がつかなかったんだ? え? だから。

 「ああなんだ小早川先輩って“弟”募集してるんだ…なんて、
  そんな声まで上がってたんだぜ?」
 「にぃええええっ?!」

 お前、背丈と一緒でなかなかな視野狭窄だったんだなと、すっぱり言われてしまっていたりし。そして、

 「あ……。」

 そうかそれでかと、今になって思い当たることが幾つかあった。こんなにもチビちゃくて、なかなか要領を得ないところも改善されないまんまな自分に、なのに“弟にして下さい”なんて言って来る、奇特な後輩が何人か現れた。

 “全然頼りにならないボクなのに、何でかなって思ってたんだけど。”

 あの二人といたことで、そういう兄と弟という関わりようもあるのかと。それこそ名前だけの“兄”として見初められたんであり、実質は ボクが支えてあげましょうという“弟”としての名乗りあげだったのかなぁと。そんな方向での想いが今頃になって至ったセナだったのだけれども。

 「…言っとくが、セナ。」

 急にふしゅんと細い肩をすぼめてしまった、やっぱり判りやすいお友達へ。陸とモン太が顔を見合わせ、そして、
「お前へっていう弟候補がいたのは俺らも知ってる。」
 やっぱりちゃんと見てましたというお言葉を下さり。でも、あいつらは…と。その後に続いたのが、

 「お前へ、頼りないからとか見てられなくてっていう見方をして、
  それでって寄って来てた訳じゃあない。」
 「…そうなの?」

 キョトンとするのはご本人ばかりなり。ねえ、頼りないばかりの君だったなら、いくら心優しいあの進さんだって、それだけで惹かれやしないよと。何事へも一生懸命で、力が及ばずとも諦めない頑張り屋さんだし。それに、人の痛みをよくよく酌んでくれる、底無しの優しさと、それを投げ出さないだけの、尋深い懐ろを持つ君でもあるし。それが重々判っている、こちらの彼らだったりするからのこと。そんな基本への自覚がないことこそが、セナくんらしいとの苦笑が絶えなかったりするらしい。


  「……そっか。///////


 やっぱり…実のところは全部が全部は判ってないのだろうけれど。優しい人たちに囲まれてる至福に、素直に嬉しいと微笑って見せてくれる暖かい君だから。甘えたいとか守りたいとか、素敵な人もたんと寄って来るんじゃあなかろうか。間近い春の足音が、そういやこれもまた間近い春先のお菓子のイベントの甘さを乗っけてやって来るのへ、

 「さて、じゃあ帰りの寄り道、セナ持ちな。」
 「え〜〜〜っ?!」
 「そん代わり、ターコイズだっけか、パフェの店へ付き合ってやるから。」
 「……あvv」

 他愛なくも言いくるめられたお友達へ、やっぱり苦笑が絶えないモン太くんと陸くんだったりし。そして……結構目立つ ちみちゃい3人へ、

 「進、今からなら追いつくとか思ってんじゃあなかろうな。」
 「ダメですよ? お友達同士の時間も作ってあげないと。」

 たまりになってるお部屋から、微妙な空気で見守っている一団があったこと。気がつかないのはやはり、ご当人たちばかりなり……。
(苦笑)





  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.02.04.


  *例の『マリみて』を久々に観ていて、
   ついついこっちをいじりたくなりましたが、
   それでとまだ出してなかったキャラを探したら、
   とんでもない一年生が残っておりました。
(笑)
   つか、大和くんがまだ一年生ってのは無理があるよなないような。
   筧くんも、もちょっときっちり調べれば、
   彼が追ってた方のアイシールドの正体なんて、すぐに判ったんじゃあ…。
(苦笑)


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